パキスタン北部大地震


1.バラコット村でのメディカルキャンプ(地震から約1週間後)

崩壊した家屋
2階部分が落ちている
崩れ落ちた道路
援助物資に群がる人々
埋もれた被災者を掘り出す軍人
レスキュー隊による遺体掘り出し作業
被災者のテント生活
トタン板を重ねただけの家
援助物資をテントまで運ぶ人々
夏服など不要な物資はその場に捨てられる
腕のケガが化膿した少年
頭に大きな傷を負った少年
 
子供たちの笑顔が救い
数日に渡る治療で笑顔も戻ってきた
額に大きな傷を負った少女
地震の3日後に生まれた7ヶ月の未熟児
飲まず食わずで2日かけて歩いてきた老人
痛みの伴う治療も多い


2.キャンプ終了後、各地での写真(地震から20日以降)

トタン屋根だけの家
そこに住む家族
モノを必死に掘り出す
建物の形跡すらなくなってしまった
あるテント村の風景
掘り出された車
配給を待つ男たち
ケガになんか負けない
古着の山が遊び場
テント村での青空教室
車で遊ぶ子供たち
1ヶ月たってもお墓の数は増えていく…
家が一段落っこちている
新しい生命の誕生
震災20日後には営業再開
食事をもらって笑みがこぼれる


3.NWAイスラマバード被災者キャンプ(2005年12月〜2006年3月)、村へ戻った家族(4月)

ガスコンロの防風壁を作っています
子どもたちに手洗い、うがいを教えています
縫製教室
おてんば少女集合
掃除のまねごと
予防接種
村ではまだ仮住い
校舎は崩れたけど、授業再開
女の子もレンガを運ぶお手伝い
熱あるのかなぁ?
子どもたちの遊び
仲良し

※クリックすると画像が拡大されます

ペシャワール滞在中にパキスタン地震に遭い、新聞等で情報収集をしていたのですが、被害が相当に激しいことを知り被災地に入って支援活動等を行っている日本のNGO(日パ・ウェルフェアー・アソシエーション:NWA)にボランティアとして参加し、バラコット村のメディカルキャンプで8日間に渡り医療活動、援助物資の分配などを行いました。1はその際の記録写真です。

メディカルキャンプ撤収後は各被災地やテント村を視察したりしながら、NWAとしてこれ以上犠牲者を増やさないためにどんな活動を行うべきかを検討してきました。2は比較的最近の写真です。

3はNWAがイスラマバードに設営した被災者キャンプとキャンプ閉鎖後、村へ戻った被災者家族の様子です。被災者キャンプでは約40世帯200人が春までの4カ月間生活していました。