このページはもともと旅日記をベースにしているので系列になっていますが、下の目次から日別、地域別に飛べるようにしてあります。(かなり長いのでご注意!)
○目次
| 3・4日 | 鹿児島−沖縄本島 | 11日 | 竹富島 |
| 5日 | 本島北部 | 12−14日 | 西表島 |
| 6日 | 恩納、北谷、コザ | 15日 | 黒島 |
| 7日 | 首里 | 16日 | 石垣島 |
| 8・9日 | 石垣島 | 17日 | 本島南部 |
| 10日 | 小浜島 | 18日 | 那覇 |
1月3日(晴れ) あわただしい船出
宮崎から電車で約3時間、5時過ぎに鹿児島駅到着。ここの駅前は本当に小さく、道の行き止まりに駅があるという感じだ。駅前からバスがあればそれに乗るつもりだったが、よく分からなかったのでとりあえず歩くことにした。港まで歩いてどれくらいかかるかも知らなかったが、桜島行きのフェリー埠頭の先と聞いていたのでそれほど遠くはないだろう。30分ほど歩いたあたりでやや不安になる。なぜなら出航時間は6時ちょうど、残り20分くらいしかないのにまだ港が見えないからだ。自然と早足になって、寒いのに汗がにじんでくる。残り10分ちょっとになってようやく船が見え、さらに急ぐ。5時55分、港に到着。まだタラップが下りているのを見てようやくホッとする。
フェリーは大島運輸の「なみのうえ」、鹿児島−本部で12300円(高い!大阪−上海のフェリーでも3万だったのに…)、しかもあまりきれいといえた船ではない。早速、二等の大部屋で自分のスペースに入る。正月だからかほぼ満席で、大部屋が寿司詰め状態になっている。しかし、最後に乗船したことが幸いして僕の片側は5人分くらい空いていたので、他の人が皆縦に並んで寝るところ図々しく1人だけ横向けに寝てしまった。
最近の僕の旅行スタイルは非常にアバウトで、「乗れなきゃ次のでいいや」って調子なので、出発ギリギリということがよくある。でも、遅く乗った方がいい目に遭うことの方が多いf(^_^)。
1月4日(晴れ) 上陸
フェリーは奄美、与論等を経由して夕方5時頃、沖縄本島北部の本部(もとぶ)港に入港、ここで下船する。この港は想像以上に閑散としていた。バス停も見当たらなかったので、とりあえず今日の宿泊予定地である塩川キャンプ場まで2qくらい歩いて行くことにする。国道を南に30分くらい下ると塩川に到着。塩川ビーチの端っこ、国道から見えない所にこそっとテントを張る。
日没までまだ少し時間があるので、道路を挟んだ所にある天然記念物「塩川」を見に行く。これは地下から海水が湧き出ている非常に珍しい川で、世界でもこことプエルトリコにしかないという。しかし、僕にはただの川にしか見えなかった。なめて確かめてみようかとも思ったが、どこから湧いているのかもよく分からなかったのでやめておく。
酒屋に戻り、オリオンビールを買ってテントに戻る。ちょうど夕日が沈むところだ。空が真っ赤に染まってとても美しい。日没後、テント内での食事をすますと、電池がもったいないので8時頃には眠りにつく。さすが沖縄、1月でもテントと寝袋があればTシャツで寝ても全然寒くない。
1月5日(晴れ) 親切
人気のないビーチでのすがすがしい目覚めだ。今日から本格的な旅行が始まると思うとわくわくする。まず本部半島にある今帰仁(なきじん)城跡を目指す。バスを待っていると、1台のバンが停まって土建屋っぽい兄さんが「どこまで行くの」と聞いてくれた。「今帰仁の城跡に行きたい」というと連れて行ってくれるという。15分ほどで今帰仁城に到着。礼を言って降ろしてもらう。
この今帰仁城跡は、沖縄に統一王朝(第一尚氏王朝)ができる前、13世紀末に建てられた三山時代の北山の城で、今は石垣しか残っていない。桜の名所なのだが、さすがに1月初めではまだ小さなつぼみの段階だ。中国の万里の長城を思わせる石垣などと紹介されていたのでよほど長い城壁があるのかと思っていたが、(期待に反して)それほどの大きさではなかった。しかし、かつての本丸から海を臨む眺めはなかなかのものだ。
ここを出て海岸方面へ下り、R505沿いで海洋博公園へ行くバスを待っていると、またもや1台のバンが停まってくれ、おじさんが海洋博公園へ連れて行ってくれることになった。半日で2回もヒッチさせてくれる人に会えるとは思ってもいなかった。誤解のないように言っておくと僕は手を挙げてヒッチを頼んだわけではなく、バス停でバスを待っていただけだ。つまり、二人とも、なかなか来ないバスを待ってるのは気の毒だと思って親切から乗せてくれたということだ。都会ではなくなりつつある他者への思いやりにここ沖縄で久々に触れたような気がする。人間は他者からの思いやりに触れて、(自分も)自然に他者への思いやりを持つようになるのだろう。だから、思いやりに接する機会が少ない都会の子供は他者への思いやりにも欠けたまま成長してしまうのではないだろうか。親切な人たちの中にいると自分のダークサイドがなくなって、悪いことをしようという気持ちがなくなってしまうものだ。
さて、話を元に戻し、海洋博公園。ここは1975年の沖縄海洋博時の施設をベースに作られた公園で、とても広く、そして美しい。入園料は無料だが、水族館等の一部施設には入館料が必要だ。入るとすぐにイルカショーが始まるというアナウンスがあり、会場へ急ぐ。8頭くらいのイルカが様々な芸を見せてくれる。この手のショーはいろんな所でやっているが、いつ見ても楽しく、またイルカの賢さに感心してしまう。それから水族館へ移動。全体の広さはさほどでもないが、大きな水槽が2つある。沖縄の珊瑚礁を再現したものとマンタやジンベイザメもいる大洋を再現したものだ。特に珊瑚礁の水槽は色とりどりの魚にあふれていてとても美しい。また、この秋にはさらに大きな新水族館がオープンするということだ。次に海洋文化館へ、ここは個人的に最近興味を持っている南太平洋の島々の彫刻や装飾品の展示が充実している。公園内にはまだ他にも施設があったが、時間がなくなってきたのでバスで名護へ向かう。
名護十字路で下車、名物のヒンプンガジュマルの近くでガイドブックを見ていると、1人のおじさんが「本土から来たの?」と声をかけてきた。しばらく話をして、このあたりにうまい食堂がないかと聞くと、「八重食堂」というそば屋に連れていってくれた。このおじさん、沖縄を出たことがないらしく、「本土にもそばはあるのか」と僕に尋ねるのでちょっと驚いてしまった。八重食堂はおばあが1人でやっている店らしい。沖縄で最初の(店での)食事なので沖縄名物ソーキそばを注文。ここのそばはきしめんのような平麺で、つゆはやかんに入って出てくるのでおかわり自由だ。とてもうまかった。腹ごしらえをしたところで、オリオンビール工場の見学へ。見学ツアーは5分くらいで終わってしまうあっさりしたものだった。お待ちかねの試飲(大瓶1本、お茶とつまみが出る)をして工場を後にする。
もう夕方なので、今日の宿泊予定地である恩納(おんな)海岸の瀬戸垣ビーチキャンプ場へ向かう。キャンプ場へ歩いていくうちに日が沈んでしまったので、昨日に引き続きビーチの端っこでテントを張ることにする。
1月6日(晴れ) コザの夜
7時頃起床。テント撤収後、バスで3つ先の万座毛へ向かう。さすがに観光スポットだけあって、もう沢山の観光バスが停まっている。冬なので芝が茶色になっていてあまり美しいといった感じは受けなかった。今、振り返ると、なんでここに多くの人が訪れるのか疑問だ。あの「象さん岩」のおかげなのだろうか、沖縄にはもっときれいな所がたくさんあると思うのだが…。
万座毛を後にしてバスで南下、琉球村へ行く。ここは古い沖縄の民家を移設して造った一種のテーマパークで、織物や紅型(びんがた)の体験(有料)もできる。入ってすぐエイサー(旧盆の先祖供養の集団舞踊で、沖縄の盆踊りみたいなもの?)が始まり、最後はみんなでカチャーシー(自由乱舞?)になったので、踊り子の女性に誘われるままに輪の中に入って踊ってしまった。沖縄の文化を知るにはいい所なのだが、コンセプトが完全に南部にある「玉泉洞王国村」とダブっているので、両方行く必要はないだろう。そして、どっちがいいと言われればやはり鍾乳洞もある「玉泉洞王国村」の方が見応えがあると言わざるをえない。
再びバスにのり北谷(ちゃたん)へ、R58沿いに南下し、嘉手納ベースを左にしばらく行ったところで下車。このあたりはミハマアメリカンビレッジという名前で開発が進んでいる所で、映画館や観覧車等があり、今までになく若者や家族連れの姿が目立つ。今日は実にいい天気でTシャツ姿になって町歩きを楽しむ。北谷を後にして今日の宿泊地コザへ向かう。意外と近く30分ほどで到着。チェックしていた民宿に電話すると、空室ありというのですぐに入る。みどり荘という見た目はボロい民宿だが、中はけっこうきれい、シャワーだけでなく風呂があるのがうれしい(素泊まり2000円)。風呂に入って7時半頃、夜の町へ出発。まずは腹ごしらえで近くの居酒屋へ、「豊年満作」という沖縄のチェーン居酒屋だ。ここは8時まで生ビール1杯200円だったので、風呂上がりだったことも手伝い、30分で3杯飲んでしまった。オリオンビールは軽くて飲みやすい。沖縄にはジュースの自動販売機でもビールを売ってるものがかなりある。暑いのでジュース感覚で飲んでしまうのだろう。
ブラブラしていると女の子の写真がたくさんはってあるショーパブらしき店があったので、入り口で座っているおばあにシステムを聞くと飲み代だけというので、モノは試しと入ってみる。店の奥はステージになっていて1人しかいないお客のために(?)下着姿のアジア系の女の子が音楽に合わせて機械的に踊っている。カウンターではやはりアジア系の女の子がヒマそうにしゃべっている。日本人はいないようだ。早くも失敗したかな、という思いがアタマをよぎる。ちょっと控えめに奥の方の席に座り、ジャックダニエルを頼む。ここのメニューは全部ドル表示だったので、GI向けの店だと察しがつく。先に入っていたもう1人のお客もGIらしかった。5ドルのジャックダニエルに700円(なぜか1$=140円!)を払い飲み始めると、すぐ女の子がついた。おばあが女の子にも飲み物を出していいかと尋ねるのでNOともいえず、おちょこのようなグラスに1000円を払う。ここで初めてこの店のシステムが理解できた。ついた女の子とカンパイをしてどこから来たのか尋ねるとフィリピンと言う。他の子も皆フィリピーナらしい。世間話をするが、「日本語はよく分からない」と言う。おいおい、ここ日本だろーと言いたくなる。しかたなく英語で話すが、なぜ自分の国で酒を飲むのに外国語で一生懸命会話しなければならないんだ考えると疲れを感じてしまう。
30分くらいしておばあが彼女に2杯目をやってもいいかと聞くので「ダメだ。これ飲んだら帰る。」と断ったらあっという間に女の子は引き上げられた。後で聞いた話だが、こうしたフィリピーナには手配師がいて、日本全国需要のある所に送られるらしい。きっと沖縄は連れてこられてすぐの子がまず送られる場所なのだろう。
さて、10時になったので島唄を聞きに民謡クラブ「なんた浜」へ移動。ステージは既に始まっていて、女性1人男性2人のトリオが高さ10pくらいのステージで(しかもバックには銭湯の壁にあるような富士山の絵が描いてあった!)演奏している。ここもまた場末のショーを絵に描いたような雰囲気だ。お客は10人くらいいたが、僕以外全員地元の人らしかった。泡盛の水割りを頼み、歌を聴く。三線(さんしん)の響きは耳に心地いい。ちなみに三線はエレキ仕様になっている。演奏は歌い手を変えたり、楽器を変えたりしながら進むのだが、不思議なことにだんだん同じ曲に聞こえてくる。店のおじさんは唯一の観光客である僕に気を遣ってか、タンカンを出してくれたり、リクエストはないですかなどと席まで来てくれたりする。ステージは朝4時まで続くというが、泡盛も切れた深夜過ぎにクラブを後にする。店の人でもない地元のおばさんがなぜか「ありがとう!また来てねー!」と叫んでいた。
1月7日(雨) 首里城
今日は沖縄にきて初めて雨になった。今夜のフェリーで石垣島へ発つので那覇へ行くつもりだったが、反対車線を行く首里発のバスがたまたま目に入ったので予定変更して首里へ向かうことにした。首里杜館という大きな案内所に荷物を置かせてもらい、出発。琉球衣装に身を包んだおばさんが記念撮影を呼びかけているが、彼女達の写真だけとって城へ向かう。入ってすぐに守礼門がある。建築物としてはそれほど素晴らしいとも思わないが、なぜこんなに有名なのかよく分からない。こんなことを思いつつ歓会門、瑞泉門とくぐっていく。下之御庭でチケット(800円)を買って、御庭(うーなー)へ入ると目の前に正殿、右に南殿、左に北殿と3つの朱塗りの建物が目に入る。特に正殿の3頭の竜が印象的で、日本よりは中国の影響を強く感じずにはいられない。かつて沖縄が琉球という1つの国であった過去を思い出す。
順路は南殿から正殿を通り北殿から出るようになっているので、そのとおりに進む。南殿は2階建てで博物館のようになっており、ここで第二尚氏王朝の歴史について学ぶことができる。そしてメインの正殿。3階建てだが、2階までしか上がれない。中は黒と赤にきれいに塗り分けられている。もうそろそろ再建10年になるのだが、まだ塗装につやもあり、古さは全く感じない。美しい建物であることは間違いないのだが、逆にそれが、古いお寺に行ったときに感じる歴史の重みみたいな空気の欠如を際だたせている。どんな歴史的な建築物でも、建てたときはこんな感じなのかな、などとどうでもいいことを考えてしまった。国王が座る御差床(うさすか)は1階と2階にあるが、2階の方が一段とゴージャスな造りになっている。次は北殿だ。ここは資料館になっていて、首里城にまつわるビデオの上映や、かつての儀式の様子を再現したミニチュアが展示されている。ここに来たら絶対に首里城再建のビデオを見るべきだ!このビデオには再建前の城跡の発掘から始まり、当時の姿を完璧に再現するためにどんな緻密な作業がなされたのかがつづられている。これを見終わって初めてこの首里城再建という大事業の重さが分かると言ってもいいかもしれない。
首里城を後にして、第二尚氏王朝の王族の墓である玉陵(たまうどぅん)へ向かう。首里城の豪華絢爛な色づかいとは対照的に石造りの重厚さが印象的だ。ここでたまたま修学旅行の下見で来ていた先生に地元の学者(?)の方が説明をしていたので、一緒にこの墓にまつわるいろいろな話を聞かせてもらった。
玉陵を出て、荷物を取ってから城の南側にある金城の石畳道を下りていく。道沿いの家々も赤瓦にシーサーなど沖縄らしさ満点だ。石垣をはっているつたや木々の緑がとても落ち着いた気持ちにさせてくれる。ちなみにここは「ちゅらさん」で那覇に移った古波蔵家があった場所でもある。
さて、この石畳道を下りきったはいいが、このバス通りは2時間に1本くらいしかバスがないマイナールートだったので、やむなくバス停3つほど歩いて大きな通りへ向かう。大通りでバスに乗り、いよいよ那覇の町へ。バスは国際通りの渋滞の中を進んでいく。この通りの土産物屋の数には驚いた。こんなに似たような店が並んでいてやっていけるのか不思議だった。まずは観光案内所を目指す。ここの案内所はスタッフも若い人ばかりでとても感じがいい。特に僕の担当になった女の子はとても親切で、また可愛かった。日本の観光案内所は公の施設という点を気にしてか、あまり主観が入る情報(おすすめの店とか)は教えないてくれないものだが、ここではそんなことを気にせずいろいろ教えてくれたし、お茶や黒糖をだしてくれたりと、ほっとできる空間だった。そんな居心地のよい所だったので、30分もおしゃべりを楽しんでしまった。
さあ、後は船に乗るだけ。埠頭でクーポンを乗船券に引き換えて乗船。今回の船は有村産業の「飛龍」。この船は名古屋発台湾行の国際航路用クルーズ船なのだ。那覇−八重山間はこの有村産業と琉球海運の2社が運行しているが、料金は一緒(片道5860円)なので日程が許せば、絶対「飛龍」の方をおすすめする。期待に胸をふくらませ乗船すると、さすがクルーズ船!二等でも大部屋ではなく、ベッドの6人部屋。しかもTV、トイレにシャワーまでついている。残念ながら那覇を出て1時間くらいするとちょっと船が揺れだしたので、船酔いする前に睡眠薬を飲んで早めに横になる。
1月8日(晴れ) バースデー in 石垣島
今日は30才の誕生日だ。これといった感慨もないが、これからはアンケート等で「30代」に○をつけなきゃならないというのがちょっとイヤだと思った。
それはさておき、船は十時半ころ石垣島に到着。気温は那覇とさほど変わらないようだ。観光協会に寄って安宿を教えてもらう。町の中心近くにある「旅の宿」(素泊まり2000円)に空室があったので今日はそこに泊まることにする。とりあえず、今日は石垣市街をぶらぶらするだけにして、島を回るのは明日にすることにした。案内所でもらった町歩きMAPを持って古い家のある地区を通り、空港の方へある「みんさー工芸館」へ向かう。ここは1階がみんさー織の工場・売店で2階が資料館になっている。1人だったので個別の説明はしてくれなかったが、作業の見学はもちろんOKだ。ここでゆっくり見学をして、売店でみんさー織りの名刺入れと状差しを購入。
工芸館を出て、また路地をぶらぶらして宮良殿内(みやらどんち)へ行く。ここは昔の豪族の屋敷だが、入場料をとるのに中にも入れないので、庭をちょっと覗いてすぐに出る。この先にある石垣氏の庭は入場無料。ソテツやフクギが植えられたトロピカルな雰囲気の枯山水がミスマッチで面白い。続いて桃林寺に向かう。ここで今年初めてのおみくじを引いてみることにした。この時、なぜか分からないが大吉を引く確信があった。そしてやはり引いたのは大吉。今年もいい年になりそうだ。
中心街へ戻り、市場を覗いたりしてながら散策を続ける。夜は石垣島で獣医をしている高校の友達と飲みに行く。久々の再会にビールで乾杯。いろいろ沖縄のことを教えてもらう。沖縄の結婚式の話や牛、サトウキビ、他の離島(特に西表島)のことなど話はつきない。
1月9日(快晴) のんびり行こう
今日はちょっと早起きして、この2000円の宿を出てから唐人墓の近くにある「南夢楽園」キャンプ場(1泊500円)に移ってからレンタバイクで石垣島一周をしてみようと思ってたのだが、昨夜ちょっと飲み過ぎて頭が重いので10時にチェックアウト。予定変更して(いつもこんな感じ…)島一周はやめ、川平湾へ行く。青く澄んだ海に浮かぶ緑の島(実際は浮かんでないが…)のコントラストが美しい。日が差したり、陰ったりするたびに海の色が緑っぽくなったり青さを増したりと変化していく。ここで2時間ほどゆっくりしてから「高嶺酒造」という造り酒屋を覗かせてもらう。若い二代目らしき青年が、泡盛の醸造法について説明をしてくれる。今まで泡盛が何なのかよく分からずに飲んでいたが、ここで初めて1.タイ米で造る蒸留酒であること、2.麹には黒麹を使うことがその特徴であることを知った。通常30度のものが多いようだが蒸留は1回だけだということだ。僕1人だけのために説明してくれた二代目(?)への気持ちと昨日30才になった記念の意味を込めてここで造っている古酒を1瓶預けることにした。
高嶺酒造を後にしてまた歩き出すと、1台のバンが通り過ぎたと思ったら、バックして戻ってきてくれた。またもや頼んでないのにヒッチ成功。唐人墓まで乗せてもらい、このちょっと変わったモニュメントを見てからキャンプ場まで歩く。5分ちょっとでキャンプ場に到着。シャワーや屋根付きのコミュニティースペース(?)など設備もばっちりだし、管理人さんも感じのいい人だ。え、こんなに観光客いたのと驚くほどたくさんの人がキャンプをしていた。そのほとんどがライダーのようだ。ライダーがバイクを持って石垣島から他の離島に渡るには週1回くらいしかない貨客船を待たなければならないので自然と石垣島泊まりが多くなるのだと思う。しかし、八重山の離島航路は全て石垣島を起点としていて他の島同士を結ぶ船がないのでとても非効率だ。その一因は石垣島以外の島を管轄する竹富町役場が石垣島にあることらしい。
テントを張ってから再び町へ戻り今度は島の東側にある白保海岸に行ってみる。ここは新石垣空港の候補地となったことで有名になったが、それほどメジャーな観光スポットでもないらしく、観光客は誰もいなかった。浜もまあまあといった感じ。サンゴで有名な所なので、潜ってみて初めて良さが分かるのかもしれない。ここを散歩してると大きな犬がじゃれてとびついてきて、ちょっと怖かった(僕は今まで2回犬に噛まれたことがある。)が、連れているおばあが犬に「にいにいに悪さしちゃだめじゃないの」と追い払ってくれた。「にいにい」と呼ばれた僕は、沖縄の人になったように思えゴキゲンだった。
1月10日(快晴) ちゅらさん
※「ちゅらさん」ロケ地写真集はこちら。
今日はついに去年の朝ドラ「ちゅらさん」の舞台となった小浜島へ行く日だ。小浜までは約25分の船旅(往復1930円)。船はコバルトブルーの海を気持ちよく進んでいく。頭の中ではもうKiroroがかかっている。港は思ったより閑散としていてやや拍子抜け。民宿の送迎をすり抜け、レンタサイクルを頼む。そこのお姉さんに「キビ刈りですか?」と聞かれる。そう、1月から3月はサトウキビの刈り入れシーズンなのだ(1日3食付きで5000円くらいもらえるらしい)。ここで地図ももらって、さあスタート。港から集落までいきなりの坂道。道の両側に広がるサトウキビ畑ではキビ刈りに励む人たちの姿が見える。坂を上りきったあたりに小浜小中学校があり、ここから集落に入る。この集落の中にドラマで使われた「こはぐら荘」がある。といっても、実際は民宿ではなく普通の民家なのだが、看板はそのままにしてくれている。このお宅は小浜の観光スポットとなっているようで、僕が行ったときにもツアー客で賑わっていた。
こはぐら荘を過ぎて島の西端にある細崎(くばさき)漁港へ向かう。ここはえりぃが島を去る文也を追いかけて防波堤を走り「結婚しようねー」と叫ぶ感動シーンが撮影された所だ。堤防の先まで行ってみると、コバルトスズメが泳いでいるのが見える。潜らなくても防波堤から熱帯魚が見えるというのがすごい。漁港に向かって右側に広がる浜からはすぐ目の前に西表島が見える。この浜にはけっこうきれいな貝が落ちている。
ここを出て再び坂を上がり、島の北西にある「和也の木」のある場所へ向かう。この木は1本ぽつりと牧場の中に植えられているので、かなり遠くからでも目立つ。牧場の脇に自転車を止め、倒れかけたバラ線をまたいで、和也の木の方へ進む。幸い牛は遠くに2、3頭いるだけなので問題はないだろう。登りになっているので牧場の脇からは木が見えない。すぐ近くに行ってその姿が見えたとき「あっ」と思った。なんと(冬だったので)木は枯れていた。うーんイメージが違うなと思いつつ写真をとる。おととい友達から聞いた話では、ここの牧場の人はNHKに頼まれて木を植えるのをOKしたはいいが、放送後観光客が大勢押し寄せるなんて事態は想像していなかったらしく、自分の牧場が観光名所になってしまったことに当惑していたらしい。さて、帰ろうとすると上の方から牛がたくさん駆け下りてくるのが見えた。襲われるとは思わなかったが、何となく怖いのであわてて自転車の方へ戻る。
次に、島の中心にある大岳(うふだき)へ登る。100m足らずの山なのだがこの頂上の展望台から見る八重山の島々の眺めは素晴らしい。「ちゅらさん」がなくてもこの山のために小浜に来る価値があると思った。地図を開いて八重山の島々の位置を確認し、30分くらいのんびりしてから山を下り、通称「シュガーロード」と呼ばれるキビ畑の中を通る一本道(「ちゅらさん」ではえりぃ達の通学路となっていた)を通って「はいむるぶしリゾート」へ行ってみる。ここは小浜唯一の高級ホテルだ。海岸を30分くらい散歩する。沖縄でもあまり人が入らない所まで行くと、ゴミがたくさん打ち上げられていて、浜の様子が江ノ島あたりと大して変わらなくなってくる。打ち上げられたペットボトルをよく見ると、多くがハングル語や中国語の表記で、中にはタイ語のものまである。つまり、ゴミの多くは他のアジア諸国から黒潮にのって流れ着いた物なのだ。環境問題は一国だけの努力で解決できるものではないことを実感する。そんなこんなしていると、帰りの船の時間が近づいたので、港へ戻る。トイレで顔を洗ったら、サングラスの部分を残してかなり焼けているのに気づいた。思った以上に日差しが強かったらしい。
石垣島へ戻り、キャンプ場までの途中にあるサンシャインホテルのテラスから沈む夕日を眺める。なぜかとても大きく見えた。充実した1日を締めくくる美しい夕日だ。眺めているだけでとても満ち足りた気持ちになる。
1月11日(快晴) Walking in 竹富島
今日は石垣のキャンプ場を出て、昼間は竹富島で過ごし、夕方に西表島へ移動することにする。竹富島まではわずか10分の航海(往復960円)で着く。小浜とは違い、見るからに平坦な島だ。この島の見所は何といっても赤瓦にサンゴの石垣、シーサーといった昔ながらの町並みなので歩いて回ることにする。港からゆるい登りを5分ほど歩くと集落の入口になり、舗装道から竹富島独特の白砂の道になる。この砂は年に2回浜から持ってきて敷き直すということだ。1月だというのにハイビスカスやブーゲンビリアなど赤や紫の鮮やかな花が軒先を飾っている。特にこの島の民宿の庭はどこもよく整備されていて泊まってみたいという気にさせる。まずは町を一望できる「なごみの塔」に上がってみる。塔の上は狭く、1人しか立てないのだが、幸い誰もいなかったので10分くらい景色を楽しむことができた。この島には名物の水牛車があり、時々御者のおじいの演奏する島唄が聞こえてくる。しばらく集落を散策してから喜宝院蒐集館に入ってみる。ここは民俗資料館みたいな所で竹富島を中心とした八重山の史料4000点が収蔵されている。初めて見る琉球切手や軍票(B円)といったものは沖縄占領という歴史の証拠のようで興味深い。資料館の奥の方に仏壇があり、ここが日本最南端の寺であることを思い出させる(ちなみに浄土真宗本願寺派であった)。
集落を抜けて西の桟橋へ行く。竹富は海も素晴らしい。潮がひいていたのでここから浜づたいにコンドイビーチまでズボンをまくって水につかりながら歩く。コンドイビーチは白砂の美しいビーチで、50mほど沖に砂の島ができている。天気がよく暖かいので上半身裸になって30分くらい体を焼く。とても気持ちがいい。寝そべりながら何年か前のKinki KidsのANA沖縄のシーンを思い出し、頭の中でジェットコースターロマンスがスタートする(あれ、フラワーだったかな?)。十分のんびりしたので、1時半頃石垣島に戻り、西表島縦断に向け、情報収集と買い出しをする。夕方、最終の船で西表島へ渡る(片道2000円)。港から30分ほど歩いてミトレア果樹園キャンプ場(1泊600円)にて幕営。ここもシャワー、洗濯機等の設備ばっちりのいいキャンプ場だった。しかもすいていたのでとても居心地がよかった。
1月12日(快晴) 竜宮城
今日はオーストラリアでのライセンス取得以来のダイビングに挑戦する。キャンプ場近くのTAKEダイビングさんにお願いした。昨夜、9:30に迎えにきてもらい、すぐ港へ移動。この時期は通常天気が悪いので、正月明けから店を閉める所が多いらしい。しかし、今年は珍しく好天が続いてるので開けていたということだ。オフシーズンなので他にお客はおらず、マンツーマンでのダイビングとなった(ラッキー!)。3ヶ月ぶりのうえ、初めてのボートダイブなのでやや緊張して出航。1本目は港から200mくらい出たヒナイビーチ沖というポイントで潜る。そこでどれくらいできるか見て、2本目の場所を決めるということだったが、あまりにも近いので正直がっかりした。緊張しながらエントリーしたが、水に入ってしまえばすぐにリラックスできた。ボートダイブはエントリーポイントまでシュノーケリングしなくていいので助かる。
さて海の様子だが、砂地なのでサンゴはなかったが魚はびっくりするほど沢山泳いでいた。さすが八重山。すぐにクマノミやモクズショイ(カニの一種で岩に擬態している)、30pもあるホラ貝など先週水族館で見たばかりの生物に出会い感激。また、海の中から見る水面のさざ波や太陽の光も幻想的で美しい。波もない絶好のコンディションで、バンダバーグの講習での寒くて濁って何も見えずつらいだけのダイビングの印象は吹っ飛んでしまった。期待以上の素晴らしさで、大満足だ。1時間近く潜ってからボートに上がり、TAKEさんと昼食をとりながらいろんな話を楽しむ。気さくでサービス精神のあるとてもいい人だ。
2本目は美しいサンゴで有名なバラス島東で潜る。ここのサンゴは本当に素晴らしい。テーブルサンゴと枝サンゴが互いに日光を求めて上に横にと争うように広がっている。まさしく竜宮城のイメージだ。魚も豊富でウツボやハタタテダイ、ツバメダイ、ソメワケヤッコ等々目を楽しませてくれる。そして圧巻なのは3mくらいあるイソバナ。唯一残念だったのは(うまく浮力をコントロールできないので)サンゴを壊すのが怖くてなかなか間近で見れなかったことだ。もっと経験を積まなくては。2本目も1時間近く潜ってボートへ上がる。3時頃港へ戻り、キャンプ場でシャワーを浴び一休みしてTAKEさんのお宅へログブックをつけに行く。ここで撮影していたビデオを見せてもらい魚の名前を確認する。ビデオだと安心して魚を見ることに集中できる(笑)。ただ、ビデオに映っている自分の姿は情けないほど危なっかしい。
キャンプ場に戻り、明日からの島縦断の届けを提出するため駐在所へ行く。駐在さんは留守で奥さんと話をするが、単独での入山は禁止と言われる。TAKEさんから「1人じゃダメと言われるかも」とは聞いていたがさすがにショックだ。7時すぎ再び駐在所に行って駐在さんにお願いするが、やはり例外なく単独入山は認めない、仮に自分がOKといっても浦内川でフェリーに乗せてくれないだろうと言われる。仕方なく計画変更、明日は日帰りでピナイサーラの滝へ行くことにする。キャンプ場に帰ってその話をすると同じくキャンプをしていたご夫婦が自分たちも明日滝に行くつもりだというのでご一緒させてもらうことにする。
1月13日(晴れ) Welcome to the JUNGLE
ピナイサーラの滝に歩いて行くためには干潮のタイミングを選んで干潟を渡って行かなければならないので、1時の干潮に合わせ12時30分頃出発することにする。それまで3時間自転車を借りて島北部にある月ヶ浜、浦内川、星砂の浜を回ることにする。月ヶ浜は八重山では珍しく、細かい白砂のビーチなので安心して裸足で歩ける。続いて浦内川、水は茶色く濁っている。河口付近はマングローブに覆われており、上流へ向かって蛇行しているので川はすぐ見えなくなってしまう。ジャングルの雰囲気いっぱいだ。ここからフェリーで上流にある2つの滝(マリユドゥの滝とカンピレーの滝)へ行くことができるのだが、それは次回、縦断に挑戦するときのお楽しみにとっておくことにした。
星砂の浜では星砂やサンゴの露店を出しているおばあが星砂を入れるビニール袋をタダでくれた。浜は基本的に磯で、砂浜は一部しかなく、月ヶ浜に比べるとずっと小さい。砂の一部には確かに星砂が混ざっているが、それだけを選んで取るのは無理なのでビニールに砂を一杯詰めて帰る。
12時半に3人で滝へ向かう。キャンパーの中に昨日滝に行った人がいて、簡単な地図を書いてくれたのでそれを頼りに進む。船浦大橋の手前から干潟へ入る。ちいさなカニが沢山いて僕たちの姿を見ると一斉に逃げ出すのがかわいらしい。途中シャコ掘りをしているおじさんがいたのでチヌ釣りの話をする。このおじさんは昨シーズン300枚ものチヌをあげたと言っていた。今度沖縄に来るときは絶対釣り道具を持ってこよう。
再び滝の方向へ干潟を一直線に横切って歩く。ピナイ川を越えたところに白いブイが2つぶら下がっていて、そこが登山道(?)の入口になっている。ここからマングローブの林へ入っていく。地面には10pくらいもある大きな巻き貝がゴロゴロしていてナウシカのオームを思い出させる。10分くらいでマングローブ帯を抜け、草むらにでる。ここから目指す滝が遠くに見えた。草むらはすぐ終わり、森へ入っていく。踏み跡はかなりはっきりしているうえ、所々赤テープが木に貼ってあるので気をつけていればまず迷うことはないだろう。しばらく進むと川がすぐ右側に現れる。川の中には20pくらいのヒレの先が黒い、鯛のような魚がたくさん泳いでいる。パンをちぎってあげてみたが、あまり関心を示してくれなかった。引き続き川の左側をずっと上がっていく。森に入ってから30分くらい行った所で行き止まりになる。川を渡った所に標識が置いてあるのが見えたので、ひざまで水につかりながら川を渡る。標識によると左へ行くと滝の下、右へ行くと滝の上に出るらしい。先に滝の下に行くことにする。滝に向かう道中は根っこが高く張りだしたスオウやヘゴ、シダなどの木にツタが複雑にからみあってジャングルそのものといった様相で、「もののけ姫」に出てくる森を思い出した。木登りを楽しんだりしながら登っていくと30分ほどでピナイサーラの滝に着いた。水量はそれほどでもないが、かなり落差のある高い滝だ。
20分ほど休んで標識のところまで戻り、滝の上へ向かう。けっこうきつい登りの箇所もあり、そこにはロープがつけられていた。50分くらいで滝の上に出る。ここからの眺めは素晴らしい。島を征服したような気分になる。20分ほど休んで帰路につく。途中、テドウ山との分岐があり、間違えて山奥の方へ30分ほど入ってしまった。いつの間にか、さっきまでのジャングルっぽい感じから普通の山道へと雰囲気が変わっていた。亜熱帯性の植物は川の近辺にしか生えないのだろう。5時くらいになると山道はかなり暗くなってきた。森の中では斜めから差す光が入りにくいので、夕暮れが早い。少し急ぎつつ先ほどの分岐から30分ほど下ると山道から林道へ出る。これで一安心なのだが、ここからが意外と長かった。ほぼ日暮れ前の6時すぎにキャンプ場に到着。ヤエヤマオオコウモリが飛んでいる。夜は滝へご一緒したご夫婦に泡盛をごちそうになるが、これが失敗だった。
1月14日(曇り) 動けなかった日
昨日、泡盛を飲み過ぎてしまい、二日酔いになった。僕の二日酔いの症状はいつも頭は痛くならないがとにかく吐き気が強く、何もする気にならない。しかも抜けるのにとても時間がかかる。そんなわけで吐いては横になるを3回くらい繰り返しようやく4時頃から動けるようになった。不幸中の幸いか、今日は曇り時々雨だったので1日棒に振ってもそれほど悔しくもない。最終の石垣島行フェリーに乗らなければならないので、4時すぎにテント撤収、港へ向かう。この状態でフェリーに乗るのはかなり不安だったが、それほど気分が悪くなることもなく無事石垣島に着く。
預けていた荷物を受け取って、前と同じ宿に泊まる。今夜は友人のお宅ににおじゃましてごちそうをいただく。何とか7時ころには酒を飲めるまで回復してきたのでよかった。また、釣りや方言などなどいろんな話題で盛り上がり、楽しい夜を過ごす。
1月15日(晴れ) 牛の島
八重山での楽しい毎日も今日で最後、11:30のフェリーで那覇に戻らなければならない。チェックアウトしようとすると、宿の主人が船が遅れているようなことを聞いたというので電話で確認すると、那覇から石垣島へ向かう船にエンジントラブルが発生したため予定より1日遅れるという。八重山に居られる日は1日延びたが、沖縄本島での滞在が1日減ってしまうので、予定していた玉泉洞やひめゆりの塔には行けなくなってしまいそうだ。ちょっと複雑な心境。
本島でのことを考えても仕方がないので、黒島に行ってみることにした。いざ船に乗ると、今までになく波が高く、スリリングなくらい激しく揺れたが船酔いは免れた。今日は曇りの予報だったが、幸い好天に恵まれ、またも暑い日になった。黒島は平坦な島で、あと10m海面が上昇したら水没するのではないかと余計な心配をしてしまう。八重山の島の中ではやや地味な存在の黒島だが、ウミガメが産卵に来ることと牛が多いことでは有名だ。確かに集落のあるところ以外はほとんど牧場になっているが、牛の数自体はさほど多くないと思った。
まず、島の南西にある仲本海岸へ向かう。ここは浜ではなく磯だ。潮だまりでは小さな魚やシャコ、カニ、ナマコなどの生物をたくさん目にすることができる。外海近くまで行ったら50pくらいもある青い魚(回遊魚だと思うが、よく分からない)がばしゃばしゃとはねながらあわてて沖に逃げていくのに出くわした。しばらく誰もいない海で磯遊びをしてから海洋研究所に行ってみる。名前の割にはしょぼい施設だったがここで飼育されているウミガメの子供はとてもかわいく、持って帰りたくなる。ここを出て再び牧場の中を走る一本道を通り、集落のある東筋(あがりすじ)へ行く。ここは「日本の道」100選にも選ばれているということだったが、竹富島の方がずっと絵になると思った。やはり舗装道路は趣に欠ける。次に伊古桟橋という現在は使用されていない桟橋に行ってみる。途中、2箇所ほど崩壊しているが、かなり長い桟橋だ。遠浅だから長くしなければ船が底についてしまうのだろう。そうこうしているうちに帰りの船の時間がせまってきたのでちょっとあわてて港に戻る。
1月16日(快晴) 八重山最後の日
朝、フェリーが入港しているか電話をしてみたら、さらに遅れて12時入港、3時出発の予定だという。これでは予約していた東京行フライトに間に合わなくなってしまう。しかもフライトはJASのバースデー割得なので多分変更はできないだろう。どうしようか考えたが、とりあえず飛行機を遅らせられないか聞いてみることにした。石垣からの船が出ないといった事情を話してお願いしてみたら、船の遅延証明書をとることを条件にOKしてくれたので、翌日のフライトに変更した。寒い関東に帰る日が1日先に延びたので気分がいい。これが旅行じゃなくて会社の出張だったらこの滞在延長は今の10倍くらい嬉しいだろう。
さて半日何をしようか。今日も天気予報が外れ、快晴。そうなれば、(金もないことだし)当然体を焼くしかない。観光案内所に行って一番近いビーチの場所を聞くと、3qくらい東にある真栄里ビーチだという。時間もたっぷりあるので歩いて行ってみる。途中、アーケード通りの魚屋に1.5mくらいある赤っぽい大きな魚を卸しているのに出会う。卸の兄さんに「何という魚ですか」と聞くとカンパチだという。食いてー!この10分の1でも食べれたらすごく幸せだろう。しかしカンパチってこんな色だっけ?疑問に思って尋ねると、生きている時はもっと青い色をしているということだった。しばし魚や釣りの話をして別れる。兄さんは別れ際に持っていた缶コーヒーをくれた。今日もいい出会いで1日がスタートする。
昼食を買ってからビーチまで歩く。思っていたより距離はあったが、気持ちのいい散歩だ。真栄里ビーチは全日空ホテルのプライベートビーチらしかったが、勝手に入ってデッキチェアーを拝借し、リッチな気分にひたりながら甲羅干しを楽しむ。ウォークマンを聴きながら3時間くらい焼いた。帰りにホテルのトイレで鏡に映った自分を見たら、顔が真っ赤になっていてやりすぎたのに気づくが後の祭り。この後5日くらいみのもんたのような赤い顔で過ごすことになる。2時過ぎ、バスで町に戻って埠頭へ急ぐ。2:50埠頭着、またもギリギリで乗船。今日のフェリーは琉球海運の「わかなつおきなわ」。さすがに飛龍と比べるのは気の毒だが、鹿児島−那覇のときの船よりはよかった。今日は風が強いので船が揺れないか心配だ。
1月17日(晴れ) 戦争の傷跡
フェリーは大した揺れもなく、朝9時には那覇港に入港した。前に観光案内所で聞いた安宿に電話したら空いているというので直行。新恵荘(素泊まり2000円)という旅館だ。部屋はちょっと狭いが別に問題なし。荷物を置いてすぐ出かける。バスターミナルから玉泉洞行に乗って約1時間。「玉泉洞王国村」に到着。ここも琉球村のようなテーマパークだ。入ったらエイサーが始まっていたので会場へ急ぐ。30分に渡る熱演で楽しませてもらった。踊り手は皆若いので多分バイトなのだろうが、迫力もあり、何より客にいいものを見せようという一生懸命な気持ちが伝わってくる。最後はまたカチャーシーになったので輪の中で踊ってしまった。エイサーが終わってから鍾乳洞へ向かう。このところイラン、NZとよく鍾乳洞に行っているが、それらと比べてもここは規模が大きく、また美しい。鍾乳洞には何か神秘的な雰囲気がある。残念なのは見学者のほとんどが早足で通り過ぎてしまうことだ。ツアーの時間もあるのだろうが、この雰囲気に浸ることをしないのはとてももったいないと思う。これらの人たちにとって「観光地へ行く」ことが旅行の目的になっているのだとしたら気の毒なことだ。洞を出てまたエイサーを見に行く。ショーの内容は全く同じだったが2回目でも楽しめた。それから30分ほど王国村の散策を楽しむ。
ここを出て平和祈念公園へ向かう。バスがちょうどいいタイミングで来たので助かった。資料館で沖縄戦について学ぶ。20万人にのぼる沖縄戦の犠牲者のうち12万人が沖縄県民であったこと、そしてその多くが民間人であったという事実はこの戦争が沖縄に与えた傷の大きさを端的に表している。ここで見ることのできる戦争の映像は当時アメリカ軍が撮影していたものでカラーが多く、今まで見た太平洋戦争の映像とはちょっと違った感じがした。戦争体験者がその記憶をつづった「戦争の証言」には戦争の悲惨さが生々しく語られていて、読んでいて目頭が熱くなった。1時間半ほどいて、ひめゆりの塔へ向かう。ここの資料館で改めてひめゆり学徒隊の成り立ちと活動、解散そして死に至るまでの出来事を知る。ここの展示を通じて、戦争状態がいかに異常なものかという認識を新たにした。最近のアメリカを見ていると、この戦争状態に足を突っ込みかけているようで危険を感じる。ひめゆり資料館を出るともう薄暗くなってきたので那覇へ戻る。
宿に帰ってシャワーを浴び、飲みに出かける。那覇はなかなか良さそうな店が多いので、また今度誰かと来てみたい。どこに入るか迷ったが、前に観光案内所で勧められた「回」という店に入ってみる。生ビールがないのが難点だが、料理は旨かった。1人で飲むのもちょっと寂しいので、カウンターで隣になったおじさん二人組に料理を分けてもらったりしながら楽しく飲む。帰り際におじさんに名刺をもらったら、その人は温泉で有名な伊東の市長さんだった。旅先ではいろんな出会いがあるものだ。
1月18日(曇り) さようなら沖縄
とうとう沖縄を去る日が来てしまった。昨夜の酒が少し残っていて少し頭が重い。それほどの量じゃなかったはずなのに…。30才になったせいだろうか、酒の抜けが悪くなったような気がする。もっと鍛えなければ肝臓が退化してしまいそうで不安だ。今日はまず献血をすることにした。旅先で血液センターを見ると献血したくなるのは僕だけだろうか。全都道府県での献血を達成したら日本でただ一人の記録になるのかななどと考える。でも東京、神奈川、埼玉、群馬、大阪、沖縄でしかやってないのでまだまだ先は長い。
成分献血を終え、国際通りから市場本通りのアーケードに入り、ぶらぶらしながら壺屋のやちむん(焼物)通りへ向かう。この通りはアスファルト舗装ではなく、石畳になっているので風情がある。ただ、焼物に詳しくないので店は素通りして農連市場まで足を延ばす。ここは島の農家のおばあが自分の所でとれた野菜等を売っている市場だ。さすがにここまでくるとあまり観光客はいない。島らっきょ、田芋、島にんじん等、珍しい野菜も並んでいる。ゴーヤを2本購入。ここのおばあとちょっと話したが方言がきつくてつらかった。八重山より本島の方が方言がきついようだ。
農連市場を出て近くの食堂で初めて沖縄名物「チャンポン」を食べる。ボリュームたっぷりで旨い。ちなみに沖縄のチャンポンは長崎チャンポンとは同名異食で、ポーク入り野菜チャンプルーがご飯の上にかけてあるような食べ物だ。食べ終わって、またアーケード通りに入り、牧志の公設市場でお土産に魚2匹を購入。市場巡りはどこの国でも楽しいものだ。その町の香りみたいなものが凝縮されているような気がする。沖縄の市場はかなりアジアンテイストでバーゲンもOK。最後にお土産用泡盛を買おうと国際通りの土産物屋を何軒かあたるが、どこも高い古酒ばかりで地元の人が飲む一般酒の三合瓶が置いてない。店の人に聞くと、一般酒はスーパーに行かないとないだろうというので、ダイエーまで行って久米泉3本を購入。その足で宿に戻り、置かせてもらった荷物を引き取り空港へ急ぐ。空港は意外と近く、40分以上前についてしまった。羽田行の飛行機には都立高校の修学旅行一団が一緒に乗り合わせていた。最近は公立高校でも飛行機で修学旅行に行くのだなあと感心する。機上の人となって2時間で羽田着、予想通り寒い。
東京に着いてすぐ、僕はこう思った。 「今度はいつ来ようかな…」